2014年05月03日
ベルファースト
その夜は月に一度、夜8時過ぎまでベルファーストのギャラリーはオープンする。
早めの夕食をすませ電車でビクトーリアステーション近くのギャラリーへ向かう。
入口にはワイン片手に数人がお出迎え、中には大きなスクリーンに映し出される映像を見ながら
それぞれ歓談している。クラフトショップで面白いキャンドルを買い求め、向かいのギャラリーへ
そこで彼の奥さんと合流。アンティークショップを覗いたあと行きつけのパブへ足早に向う。
しばらくギネスを飲んでいるとBOBが生演奏のバンドの近くで自分のパーカッションを取り出し
演奏に合わせてスイング。素晴らしい! 帰る前に奥さんと今度はダンスを始めた。
これまた息がぴったり合ったたクイックダンス、なんと素晴らしいパフーマンス。

早めの夕食をすませ電車でビクトーリアステーション近くのギャラリーへ向かう。
入口にはワイン片手に数人がお出迎え、中には大きなスクリーンに映し出される映像を見ながら
それぞれ歓談している。クラフトショップで面白いキャンドルを買い求め、向かいのギャラリーへ
そこで彼の奥さんと合流。アンティークショップを覗いたあと行きつけのパブへ足早に向う。
しばらくギネスを飲んでいるとBOBが生演奏のバンドの近くで自分のパーカッションを取り出し
演奏に合わせてスイング。素晴らしい! 帰る前に奥さんと今度はダンスを始めた。
これまた息がぴったり合ったたクイックダンス、なんと素晴らしいパフーマンス。



2014年05月03日
インスタレーションスタート
日本から送った作品5箱のチェックが終わり作業を始める。
照明の装置を確かめながらバックパネルを組み立てる。
パッキングの段階で最後まで手こずった蛍光灯、ここにきてやはり問題発生。
半分ぐらいしか使用できない状態。DIYショップで必要なものを手に入れどうにか
間に合わせ4日間で仕上げることができた。
友人のBOBと奥さんのANTHEAそして私の妻の大きな助で出来たプロジェクトでもある。
」

照明の装置を確かめながらバックパネルを組み立てる。
パッキングの段階で最後まで手こずった蛍光灯、ここにきてやはり問題発生。
半分ぐらいしか使用できない状態。DIYショップで必要なものを手に入れどうにか
間に合わせ4日間で仕上げることができた。
友人のBOBと奥さんのANTHEAそして私の妻の大きな助で出来たプロジェクトでもある。
」



2014年05月01日
北アイルランド到着
ロバートマーチンは1974-75イギリスレスターポリテクニックで会って交友関係を持つ。
今回、彼が運営するギャラリーで展覧会をするため北アイルランドにやって来た。飛行時間15時間
飛行機の遅れや、旅でよくある勘違いもどうにかクリアし彼の家に滞在することになった。大規模な
改装とかできないが1800年ビクトリア期の建物は今も生きている。


今回、彼が運営するギャラリーで展覧会をするため北アイルランドにやって来た。飛行時間15時間
飛行機の遅れや、旅でよくある勘違いもどうにかクリアし彼の家に滞在することになった。大規模な
改装とかできないが1800年ビクトリア期の建物は今も生きている。


2012年01月30日
くつろぎのひと時
薪ストーブに火が入り、TVを見ていると懐かしい風景が目に入る。

イギリスを車で日本語のカーナビで旅するCAR旅と言う番組(BSフジ )でパブリックフットパスが紹介されていました。以前私がブログで紹介した1974年の時のパブリックフットパスと基本的に変わらず標識が明確になっていてわかりやすそうでした。
何処までも続く丘陵地帯と霧にかすむ田園風景、懐かしく、イギリスに行きたい気持ちになりました。
散歩の好きな英国人の発想から生まれたパブリックフットパス、すばらしいと思います。

イギリスを車で日本語のカーナビで旅するCAR旅と言う番組(BSフジ )でパブリックフットパスが紹介されていました。以前私がブログで紹介した1974年の時のパブリックフットパスと基本的に変わらず標識が明確になっていてわかりやすそうでした。
何処までも続く丘陵地帯と霧にかすむ田園風景、懐かしく、イギリスに行きたい気持ちになりました。
散歩の好きな英国人の発想から生まれたパブリックフットパス、すばらしいと思います。
2011年10月30日
イギリスのコミュニティーカレッジのこと
イギリスのコミュニティーカレッジのこと
イギリスとアメリカでは当然のように言葉が違います。息子はアメリカのコミュニティーカレッジで金属工芸を学び卒業し、現在私と金属の仕事をいています。アメリカでは日本でいう2年制の短大だと思います。イギリスのコミニュティーカレッジは大学ではなく、コミュニティーでの教育活動のひとつだと思います。
陶磁器とガラスの勉強をするために74年-75年までイギリス中部reicester politecnic (レスターポリテクニック)という工芸の大学で過ごしました。英語の語学力の低い私には救いの手でした。外国人が多くすむ街中の小学校では外国人のための英語を習いました。
また、私の住んでいた地域の高校で彫金の講座を、もちろん夜の講座です。
地域の学校たとえば高校や小学校の校舎をかりていろいろな講座を学べるわけです。日本で言えば公民館活動でしょう。しかし公民館と違い、学校だと設備が整っているため多くのことが可能になる訳で、すごく理にかなった教育活動だと思います。
いずれの講座も料金が安く、バラエティに富んだカリキュラムで、今思えばパブにばかり通わずにもっといろいろなことを学べばよかったと後悔しています。
イギリスとアメリカでは当然のように言葉が違います。息子はアメリカのコミュニティーカレッジで金属工芸を学び卒業し、現在私と金属の仕事をいています。アメリカでは日本でいう2年制の短大だと思います。イギリスのコミニュティーカレッジは大学ではなく、コミュニティーでの教育活動のひとつだと思います。
陶磁器とガラスの勉強をするために74年-75年までイギリス中部reicester politecnic (レスターポリテクニック)という工芸の大学で過ごしました。英語の語学力の低い私には救いの手でした。外国人が多くすむ街中の小学校では外国人のための英語を習いました。
また、私の住んでいた地域の高校で彫金の講座を、もちろん夜の講座です。
地域の学校たとえば高校や小学校の校舎をかりていろいろな講座を学べるわけです。日本で言えば公民館活動でしょう。しかし公民館と違い、学校だと設備が整っているため多くのことが可能になる訳で、すごく理にかなった教育活動だと思います。
いずれの講座も料金が安く、バラエティに富んだカリキュラムで、今思えばパブにばかり通わずにもっといろいろなことを学べばよかったと後悔しています。
2011年10月05日
イギリスのパブリックフットパスのこと
イギリスのパブリックフットパスのこと
イギリスを旅するとき小さな村にも必ずあるiのマークのツーリストインフォメーションを尋ねます。そこで地域のマップを手に入れる
PUBLIC FOOT PATHが書き込まれた1枚の手書きの地図。点線のフットパスを歩いていくと個人の家を通るように書かれている。最初は本当に通っていいのだろうかと思い躊躇し思い悩む、が通らなければ先に進まない。その地図を頼りにこっちのルート、今度はあっちのルートと1日中歩き回っていた1975年の夏。1年間のイギリス留学中の思い出で、懐かしく思える。
ウィキペディアによるとパブリックフットパスについてこう書かれていた。
イギリスの通行権(つうこうけん。right of way)とは、イギリスで行われている公共の権利の1種で、地役権の1種。国有地・私有地の別なく、地権者が存在する土地を突っ切って公衆が通行することが認められる権利。ただし、通行が許可されるのは、その権利の行使が認められた特定の通路のみ。これは、昔からその土地が公衆の通路として使われてきて、現在も通路として使われているのであれば、誰もが自由にそこを引き続き使用し、通り抜ける権利があるという考えに基づくもので、誰もが享受できてしかるべき基本的な権利であると捉えられている。
子供が小さかったころ、現在、阿蘇ギャラリーのある同じ南阿蘇村(当時長陽村)に家族で小旅行した時のこと。車でしか行く所はない。イギリスのようにパブリックフットパスがあれば、心に残る小旅行ができただろうにと、その時思った。
イギリスを旅するとき小さな村にも必ずあるiのマークのツーリストインフォメーションを尋ねます。そこで地域のマップを手に入れる
PUBLIC FOOT PATHが書き込まれた1枚の手書きの地図。点線のフットパスを歩いていくと個人の家を通るように書かれている。最初は本当に通っていいのだろうかと思い躊躇し思い悩む、が通らなければ先に進まない。その地図を頼りにこっちのルート、今度はあっちのルートと1日中歩き回っていた1975年の夏。1年間のイギリス留学中の思い出で、懐かしく思える。
ウィキペディアによるとパブリックフットパスについてこう書かれていた。
イギリスの通行権(つうこうけん。right of way)とは、イギリスで行われている公共の権利の1種で、地役権の1種。国有地・私有地の別なく、地権者が存在する土地を突っ切って公衆が通行することが認められる権利。ただし、通行が許可されるのは、その権利の行使が認められた特定の通路のみ。これは、昔からその土地が公衆の通路として使われてきて、現在も通路として使われているのであれば、誰もが自由にそこを引き続き使用し、通り抜ける権利があるという考えに基づくもので、誰もが享受できてしかるべき基本的な権利であると捉えられている。
子供が小さかったころ、現在、阿蘇ギャラリーのある同じ南阿蘇村(当時長陽村)に家族で小旅行した時のこと。車でしか行く所はない。イギリスのようにパブリックフットパスがあれば、心に残る小旅行ができただろうにと、その時思った。